川崎にある東海道ビールは、全てにおいて職人のなせる技といった雰囲気が漂うブルーパブだ。そう、ビールそのものからデザインの細かい部分への配慮に至るまで、全てがそういう雰囲気なのだ。店の正面には複雑に彫られたトンボとイチョウのモチーフ。ガラスの壁を挟んで店内のバーカウンターと向き合うのは光沢のある醸造設備。反対側の壁には川崎の街並みを写したお洒落な壁画。カウンターの上からは、切子硝子のペンダントライトがまた粋な雰囲気を添えている。
オーナーの岩澤克政の一家は曾祖父の代の1894年から、隣接する建物で岩田屋株式會社という建築事務所を経営している。岩澤の幼少時代、この界隈は活気ある商店街だったが、この20~30年ほどの間に徐々にマンションに取って代わられてしまい、岩澤はどうすればかつての活気を取り戻すことができるだろうかとずっと考えていた。今のバーができる以前、この土地は建築事務所の倉庫や駐車場として使われていたのだが、彼はもっと良い活用法を模索していた。地元の人たちが楽しめる場所を創りたいと思っていたからだ。
江戸時代(1603年~1868年)、この辺りは江戸(現在の東京)と京都を結ぶ東海道沿いの宿場町で川崎宿として知られており、旅人をもてなす宿や施設が数多く建ち並んでいた。また、この土地周辺には麦畑が広がっていたことから、岩澤は麦をテーマにすることを思いつく。そこから、ブルーパブをここに造ることと東海道という名前がピタリとはまるのでは、とひらめいたのである。
だが、コンセプトはあるものの、醸造に関して岩澤は全くの素人。そこでプロのブルワー探しからスタートした。横浜生まれの田上達史との出会いは、ある不運がきっかけだった。同氏は川崎で風上麦酒製造というマイクロブルワリーを立ち上げていたが、交通事故で大けがを負ったことから長時間の作業ができなくなり、ブルワリーを閉めざるを得なくなったのだった。その話を聞いた岩澤は彼を探し出し、仕事をオファー。だが、魅力的なオリジナルのレシピを造るコツを身に付けているがゆえに、田上には他からも誘いがあった。それでも岩澤は本人にとって最も望ましい条件を提示。そして、そのポジションに就いたことで田上は地元に留まることができた。
そして2018年11月、ブルーパブがオープン。田上は現在4種のビールのスタンダードラインナップ (S, 280ml, ¥650 / M, 385ml, ¥850)を提供している。言うまでもなく、1つは「麦の出会い」という名の小麦ビールで、コリアンダーとオレンジピールの香りで楽しませてくれる。「薄紅の口実」は、普段あまりビールを飲まない弊誌スタッフでもすっかり気に入っていたビール。こちらははっきりとしたストロベリー風味のアンバーエールだ。その他の2種は「1623」という名(この年に川崎宿が出来たことに由来)のIPA、そして興味深いポーター「黒い弛緩」はハーブとスパイスの強い個性を放つビールだ。ビールに合うおつまみも、厚切りベーコン (¥600)や2種のソーセージ(¥650)、きゅうりのビール漬け(¥450)、炭焼き燻製ミックスナッツ(¥350)、炭焼き燻製レーズン(¥300)など、いろいろと用意されている。
東海道ビールを訪れる客の多くはクラフトビールにあまり馴染みがないので、知識がない人でも心配する必要は全くない。田上がいろいろと手ほどきをしてくれるだろう。お店の場所はJRまたは京急川崎駅から徒歩10分弱。店内禁煙につき、ビールのアロマが存分に楽しめる。