吉田町の路地裏に立つ建物の2階で営業しているのは、一風変わった「鯖寅酒販」。ワンフロアの店内は、ナチュラルワインやクラフトビールをその場で味わえる、角打ちスペース兼ボトルショップとなっている。
鯖寅酒販は5年前、石川町のバー「鯖寅果実酒商店」(現在は閉店)の姉妹店としてオープンした。同店のコンセプトは、中身がわからないボトルをいきなり買うのではなく、客が手頃な価格で試飲してから気に入ったものを買える店、というものだった。スタッフは試飲するワインを丁寧に説明してくれ、おすすめもしてくれる。
ベルギービールを中心とした、クラフトビールの缶やボトルは数年前に拡充された。もしヘイジーIPAブームに食傷気味なら、ここでぴったりのものを探すことが可能だ。セゾン、ランビック、ブロンドエール、ファームハウスエールなど豊富なラインナップだ。またベルギービール以外にも、国内のブルワリーやほかの海外の商品も置いてあるので要チェック。何種類か試飲したいならテイスティングパス(1,000円)がお得。ホワイトボードに書かれたワインやビールを10種類、半額で楽しめるのだ。その場で購入したボトルを飲むには抜栓料がかかるので覚えておこう(500ミリリットル以内のビールは250円、ワインと大サイズのビールは500円)。
鯖寅酒販を運営しているのは、10年以上横浜に住んでいるという酒類業界のベテラン、藤田孝一。昔から異文化に興味があったと話す藤田は、大学を中退して新宿のアフリカ料理店「ローズ・ド・サハラ」(現在は閉店)で働いた。この店舗が入っていた「スパイスロード」にはほかにもエスニック料理の店などが5店舗入居しており、さまざまな人種のスタッフや客と触れ合うことで、異文化や考え方の違い、飲食店の面白さに夢中になっていったという。
ある日、そこでつながりのあった先輩の誘いで、新宿にあったベルギービール店「カフェヒューガルデン」に行き、ベルギービールの文化的な側面と奥深さ、美味しさに感銘を受け、のめりこんでいった。さらにそこから縁あって東京の「ブラッセルズ神谷町店」の立ち上げを手伝い、店長として約6年働くことになる。またベルギービールの輸入事業やオリジナルビールのプロデュース、そしてブラッセルズビアプロジェクトの直営店を新宿にオープンした(偶然にもそこには以前カフェヒューガルデンが入居していた店舗だった)。藤田は、ベルギービール文化に貢献した証として、ベルギービール名誉騎士の称号を授与されている。ベルギー、グランプラスでの授与式は「一生の思い出」と、なつかしむように当時を振り返って語ってくれた。
神谷町で働いていた頃、東京タワーの近くにあったワインバーで、ナチュラルワインと出合ったという。その店で飲んだワインは、藤田が好きだったランビックなどの酸っぱいビールを彷彿とさせるような味わいで、それまで飲んできたワインの概念を覆されたような感覚だった。一方、横浜での暮らしを気に入っていた藤田は、ローカルに根付いたことをやりたいと考えるようになる。前述の鯖寅果実酒商店に通うようになっていた藤田は、店主の国井竜児にナチュラルワインについて色々教えてもらった。藤田は国井を「ナチュラルワインの師匠」と呼ぶ。そして共通の趣味もあった二人は仲良くなり、鯖寅酒販で働く機会に恵まれたという。
「お酒も飲食店もやはり文化の一つだと思います」と藤田。「より日常に近いところに楽しみを見い出せたら、日々の生活が豊かになります。ナチュラルワインやクラフトビールを通じてそんなお手伝いができれば」と続け、温かい表情で「鯖寅自体もほかの飲食店さんとのコラボや、生産者さんにご来店いただくイベントなど、さまざま企画していきますので、ふらっと立ち寄っていただけたら嬉しいです」と付け加えた。鯖寅酒販の常連である筆者も自信を持っておすすめする。