「アップサイクルプロダクト」 サスティナブル(持続可能)なモノづくりとして、昨今注目を集めている。アップサイクルとは、廃棄処分されるはずのものを再利用し、作り手の思いやデザインなどの付加価値を付けて、次元・価値の高いものを生み出す新たな方法論である。
北海道出身の松坂良美と、福岡出身の松坂匠記は、元々同じ会社のシステムエンジニアだった。同期で結成したフットサルチームで出会った二人は、独立して株式会社kitafukuを立ち上げ、クラフトビールを製造する際に排出される大量のモルト粕を使用し紙製品を作っている。kitafukuという社名は、互いの出身地の頭文字を合わせたものだ。2019年に起業し、当初はエンジニアとして受託業務を行っていたが、二期目にさしかかる頃から、エンジニア業務だけではなく、自社プロダクトやサービスを創りたいという思いが高まっていった。なかでも、「実際に人の手に届く、有体物としてのモノづくり」に強い関心があったと話す。何か自分で物を選ぶ時にも、作り手の思いが込められている商品や、ストーリー性のあるものを自然と手に取るようになっていた。そういうモノづくりがしたい、そんなシンプルな感情を漠然と抱きながら、その後も社内で意見交換を続けていった。
せっかく横浜で暮らしているのだから、横浜の街に関連するプロダクトを創りたい、そんな思いもあった。SDGs未来都市として選定されている横浜市は環境への意識が高い街だ。情報収集していく中で、フードロスが直面する課題となっていることを知る。コロナ禍で飲食店でも食品ロスが出ているのかな、廃棄って何とか減らせないのかな、そのような会話の中で、ふと前職のフットサルチームで出会った仲間のことを思い出したという。彼はその後、家業を継ぐため退職し、今は奈良県の製紙会社で廃棄になってしまうものを紙に混ぜて再生紙にするという研究をしている。二人はすぐに彼に連絡し、話を聞くために会いに行った。そして彼らが蓄積した知見から学び、可能性やアイディアについて話し合ったという。
横浜は日本で初めてビールの醸造所が誕生した場所でもあり、数ある都市の中でもクラフトビールの醸造所の数が多い。元々ビール好きだったという二人は、そこからひらめきを得て、現在の主力製品であるクラフトビールペーパーを作ることに決めた。彼らが手掛けるクラフトビールペーパーは、横浜ビール醸造所の協力のもと、醸造過程で出る大量のモルト粕を再生紙に混ぜ込み、「届けるところまでビールにこだわる」という企業のストーリーを加えて製品化したアップサイクルプロダクトである。クラフトビールペーパーの開発にあたっては、異物混入と間違われないように機械の網目の大きさを変え、色合いや手触りなど調整するため試行錯誤を繰り返した。人気のある製品の一つ、例えばクラフトビールペーパーで作られた名刺はどうだろう。ビジネスで出会う瞬間に交わされる名刺に、「クラフトビール醸造過程で出るモルト粕を使った紙素材を使用しています」と書かれていたら、話題が弾むきっかけになるかもしれない。
環境問題に関心があった二人が、新たなプロダクトを作る際に、環境に良いものを作りたいと願う気持ちはごく自然なことだろう。しかし、強い意志と覚悟がないとなかなかそれを実現させるのは難しいものだ。「協力してくれる企業があってこそ実現することができて、関わってくれる企業の魅力も知ることができました」と話す。彼らのプロジェクトは、デザイン性の高さと発信力、そして複数の視点から生まれた柔軟な発想の集大成といえる。さらに、そこに込められたメッセージが、手に取る人々に「気づき」を与えている。環境問題は身近な課題の一つで、全世界で考えていかなければいけない問題である。「クラフトビールペーパーという日本の技術を、将来的には海外へも広めていけたら」。そう語る二人の夢と可能性は世界中に広がっていくだろう。