2017年初秋、プロ野球がクライマックスシリーズで盛り上がっていたころ、筆者は住吉町にあるダイニングバー芸備を訪問した。芸備は広島出身の店主、三宅健一が一人で切り盛りしているおでん屋で、看板メニューのおでんと焼き牡蠣をつまみに広島の酒や焼酎を楽しめる店である。扉を開けると、美味しそうなだしの香りと広島カープの応援グッズが迎えてくれる。
こだわりのおでんは、鶏を丸ごと一羽、昆布と野菜と共に半日以上煮込んだ絶品だ。醤油は使わず、塩と砂糖を加えて、金色のつゆが完成する。具は、人気の大根(350円)、鶏つみれ(360円)からトマトとモッツァレラチーズ(480円)まで約20種類。色々な「たね」を試したければ、おでん4種盛り(730円)や8種盛り(1450円)がおすすめだ。さらに、宮島近くの大野町の牡蠣屋から取り寄せているという、フレッシュな牡蠣をグリルした焼き牡蠣(1個280円)も外せない。少し甘めの醤油で味わう焼き牡蠣は、広島の地酒と組み合わせれば、まさに無敵のバッテリーだ。
元は食品会社の営業をやっていたという三宅がおでんの道に進むことになったきっかけは、彼が「師匠」と呼ぶ都内のおでん屋のオーナーと出会ったこと。「師匠が作るおでんが美味しすぎて、自分もその味に近づきたいと思った」と言う。常に同じおでんの味を提供することは容易ではなく、味の探求には終わりがないそうだ。ちなみに「広島カープファンが集まる店」と謳ったことは一度もないが、野球シーズン中は常にカープの試合を店のテレビで放映し、野球ファンと語り合う。「試合がある時は結果が気になって仕方ないので、オフシーズンになるとホッとする」と、三宅がおでん鍋の湯気の向こうから笑った。