日本に住む外国人に、何をきっかけに日本に来たか、そして今何をしているのかを尋ねると、興味深い話をたくさん聞くことができる。予想もしない出来事や偶然が重なったりすることが多いようだ。今回面白い話を教えてくれたのは、横浜在住のブライアン・ハトー。
ハトーは、横浜駅から徒歩10分ほどの場所にある「Craft Sake 商店」のオーナーだ。およそ5年前まで、ハトーはサンフランシスコのホテル業界で働いていて、日本に引越すことはまったく頭になかったという。にも関わらず、日本で日本酒バーを営む、ひと握りの外国人の一人となるまで、なにがあったのだろうか? やはり、予想もしない出来事や偶然が重なっていた。
「私の年齢によるところが大きいです」とハトー。彼は今56歳だ。「おそらく『中年の危機(ミッドライフ・クライシス)』のようなものだったのでしょう。2010年に仕事で初めて日本を訪れて、その後も何度か観光で来ていました。日本の文化に触れて、とても楽しく、そして私の性格や価値観と合うと感じました。私は変化を求めていました。残された時間が限られている中で、健康状態もよく、冒険心もありました。人生を変えるなら、すぐに行動を起こさなければなりませんでした」
しかし彼は日本語を話せず、英語教師になるつもりもなかったので、事業を始めることを考えた。そうすれば投資経営ビザも取得できる。カリフォルニア州に住んでいてワインが好きだったので、ワインの輸入会社にしようと考えていた。2015年、彼は計画を実現すべく、手助けしてくれる日本のビジネスコンサルタントをオンラインで探していた。そこで運命が訪れる。
会社設立を支援してくれた鎌倉在住のコンサルタントは、日本酒の仕事にも携わっていて、ハトーに日本酒を米国に輸出するアイデアを提案した。新しい道を歩もうと、2016年ハトーが日本に降り立つと、そのコンサルタントが夕食に誘ってきた。
「彼は、彼の日本酒の先生も連れてくると言いました。時差ボケがありましたが、彼はなかば強制的に私を連れていきました。その先生とは誰なのか、日本酒業界でどんな立ち位置にいるかもわかりませんでしたが、その先生とはジョン・ゴントナーだったのです」
ゴントナーは日本人以外の日本酒専門家として、もっとも世界に知られている。日本国内の日本酒業界からも尊敬を集めている。彼は認定プログラムを主催しているほか、本もいくつか執筆している。その後、ハトーのコンサルタントは、多くの蔵元にラベルを提供している新潟在住の人物を紹介してくれた。この人物もまた、日本酒業界に深いつながりを持っている。
「思い立った瞬間というのはどことは言えませんが、ジョンと話をして、ちょうどそのころ東京の日本酒関連のイベントに参加しました。そこで素晴らしい人脈ができて、ワインではなく日本酒のビジネスにしようと考えはじめました。またワイン市場は、思っていたより飽和状態にあると気づいたのです」とハトーは語る。
日本で事業を始めるにあたって、ハトーは拠点が必要だった。彼はレストランのオーナーたちにワインを試飲してもらうことを想定して多目的スぺースを借りることにした。のちにこの場所が彼の店となる。
先に知り合った新潟の人物が、東京にある名酒センターを紹介してくれた。ここは日本酒試飲・販売を行う人気のアンテナショップだ。そして彼はハトーに横浜店を始めてはどうかとすすめた。同店のオーナーは40超の蔵元と取引があり、ハトーに日本酒を卸すことを承諾してくれた。
「私の会社とは別法人ですが、彼女は蔵元から割引価格で仕入れ、また限定商品も入手することが可能でした。卸売業者には、横浜でより多くの人々に知ってもらうことができると伝えてくれ、私にとってはスムーズに事業を始めることができました」
ハトーの店はとうとう2017年にオープンを迎えた。開店前の数か月間、店の外に彼の顔が載った貼り紙を置いていたので、前を通る人々は、外国人が日本酒バーをオープンすることに興味津々の様子だった。開店当初は英語を練習したい人が多く訪れていたというが、最終的には熱心なファンの常連客を作ることができた。
日本酒の知識が増え、味もわかるようになると、ハトーは名酒センターから届いた商品ではなく、自らが選んだ品を置くようになる。それと同時に、新潟の知り合いが酒蔵を訪れて入手したレアな日本酒をハトーに提供してくれたので、本格的な日本酒ファンも店を訪れるようになった。
今年の夏、とうとうハトーは名酒センターから独立して、すべての酒を自分で仕入れることを決めた。そして店名を「Craft Sake 商店」に変えて再出発した。
新型コロナウイルス感染拡大前、日本の観光業は右肩上がりで、彼の店ではAirbnbの顧客を対象に、2時間の日本酒試飲セミナーを開店前に行っていた。現在は、常連客と日本酒ファンによって支えられている。
「最近はお客さんの数が減っていますが、売り上げはなんとか保っています。皆、より長い時間滞在して、もっと飲むようになったのです」
我々も何度か店に行ったことがあるので、つい長居してしまう気持ちがわかる。ハトーの夢は叶った。おめでとう!