横浜中華街関帝廟の近くにランチタイムには行列が出来る茶館がある。今年で20周年を迎えた悟空茶荘だ。店舗1階は中国の茶器や茶葉などを購入できる雑貨店で、2階が茶館になっている。運が良ければ食事をしながら琵琶の生演奏など定期イベントも楽しむことができ、さながらここが日本であることを忘れてしまうような異国情緒溢れる空間で、五感を使って中国茶を心ゆくまで楽しむことができる。
悟空茶荘と、中華料理専門店の株式会社菜香(菜香新館)を経営している曽峰英。横浜で生まれ幼いころから中華街にある様々な店の人たちに見守られ、賑やかな環境でのびのび育ったという。商いの街「中華街」で過ごした経験と、蓄積されたその記憶は、大人になり徐々に商才を開花させていく。近年の健康ブームにより、今は多くの家庭でも嗜まれる中国茶だが、創立当初はなかなか受け入れてもらえず苦しい時代もあった。そして新型コロナウィルス、最初の緊急事態宣言下では中華街から人の気配が消え、ゴーストタウンのようだったという。その間は新商品開発に時間を費やし、コロナ後のビジネス展開準備に余念がない。どのような時も、持ち前の明るさでピンチをチャンスに変えていく、そんなパワフルな若き経営者に今回我々は話を聞くことができた。
「中国茶」の魅力、特別なところとは何でしょうか?
私が考える中国茶の魅力とは、「いつでも」「簡単」「コスパが良い」ところです。日本人にとって中国茶は難しいもの、という印象があるようなのですが、中国人は一般的にお茶をマグカップで飲みます。一回お茶の葉を入れてお湯を継ぎ足して注ぐだけで半日飲むことが出来ます。お茶の葉が水分を吸い沈み表面には上がってこないので、茶こしも必要ありません。中国は広いですから産地がたくさんあって、それもまた楽しい。その土地の背景が味や香りに反映していてます。中国茶の全ての要素が、いつも傍らに自分のお茶がある生活を送れる、それが一番の魅力だと思います。
お茶の葉が違うのでしょうか?淹れ方が違うのでしょうか?
茶葉は同じですが仕上げ方が違います。緑茶、烏龍茶、紅茶、プーアル茶といったお茶をそれぞれの地域の人々が飲んでいる。ちなみに中国人の7割は緑茶を飲みます。その土地の気候や寒暖の差に適したお茶や、ビタミンCが豊富な緑茶、食事中やダイエットにはプーアル茶が効果的等、発酵度の高いお茶は胃をよく動かしてくれるので食後の胃もたれを防ぐ。中国人は「医食同源」の考え方で、何かしらの根拠をもって食に向き合っています。そのようなところがとても面白いと思います。
悟空茶荘は20周年を迎えられたとのこと。おめでとうございます!ここ悟空茶荘での特に印象的な出来事について教えて頂けますか?
この場所との出会いのエピソードなのですが、茶荘をオープンする場所をずっと探していた時、事務所の近くを歩いていたら工事中の物件があって、たまたま工務店の人と知り合いだったので何の工事なのか聞いてみたら、賃貸住宅を建てる計画とのこと。誰がオーナーか聞くと、偶然知り合いの方で。そのあとすぐに、そのオーナーさんの所へ行って「貸して、ここ!」と伝えました。この場所で茶荘をオープンできたことは私にとって本当にラッキーで、一階物販と二階喫茶のスタイルの悟空茶荘が誕生しました。
経営していく上で、苦労した点を教えて頂けますか?
最初の頃は中国茶のコスパの良さ、味の楽しみ方をなかなか理解頂けず厳しいものでした。日本人は忙しい人が多いから、ゆっくりできない。中国ではお茶を飲み始めたら1~2時間はゆっくりお話してお茶の時間を楽しむ。それが中国茶の魅力なのですが、その文化が日本人にあまり馴染まなくて。でも、美味しいお茶を楽しんで頂くために、お店では質の良い茶器や道具にもこだわり、商品を丁寧に説明し、お客様にお茶の淹れ方をアドバイスする。地道に中国茶の魅力を伝え続けていくうちに、少しずつお客様が入るようになりました。
中華街では他に「菜香」を経営しておられます。この悟空茶荘との経営面での違いは何でしょうか?
経営の違いはそれほど無いのですが、経営の規模は大きく違います。悟空茶荘は物販で中国から良いものを仕入れて販売する。お茶の淹れ方を丁寧に説明し、楽しみ方を伝える。「菜香」はレストランなので料理がいつも美味しくないといけない。そのためには調理場の人の味付けにブレが無いようにしなければいけない。日々試食を重ね、「いつもと違う」と伝えることもあるし、料理の開発も調理場と一緒にやっています。調理場が作りたい料理、菜香新館として提供したい料理、お客様が食べたい料理は少しずつ違うと思うので、私はお店代表でありお客様の代表として意見を表明し、最良の料理を開発しています。一番の違いはやはり、「料理の開発」ですね。
悟空茶荘のお茶と、菜香の料理の中からお勧めをご紹介下さい。また、その理由もお聞かせください。
私のお勧めのお茶は老茶鉄観音茶です。福建省のお茶で昔ながらの炭焙煎で仕上げ、奥行きのある風味がお勧めです。オリジナルブレンドで八種類の生薬が入っている八宝茶もお勧めです。これは全て手作業で袋詰めしています。そして、弊社のヒット商品でもある白芽奇蘭(ハクガキラン)。これらは全て悟空茶荘で購入できます。菜香のお勧めは色々ありますが、点心のマヨネーズを付けて食べるエビのウエハース巻き、こちらはお店が始まってからずっと販売しています。大人気の一品で一人で何本も召し上がる方もいらっしゃいます。あと前菜の豚バラ肉巻き、麺では60年前から販売している塩味ベースの五目そばですね。
中華街でビジネスする醍醐味は何でしょうか?
まず、私たちは「故郷」がありません。この言い方は少しドキッとしますが、華僑の人たちが「故郷はどこですか?」と聞かれて、祖父母が生まれた例えば私なら「広東省」と答えても、そこには既に家は無いし知り合いがいるわけでもなく、私は行った事もないのです。三世の私は生まれも育ちも中華街なので、ここは私にとって故郷であり私のルーツなのです。生活感溢れる昔の中華街の雰囲気から、現在のように街全体がテーマパークのように様変わりしても、観光地でもあるこの街に店を構えて、地方から来るお客様から年に一回でも「横浜に来たら絶対ここに来ると決めている」と言って頂けるのは大変嬉しいことです。その反面、中華街の調理人も自分の休みの日に飲茶をしによくいらっしゃいます。そのようなお客様にお会いできるのは、やはり中華街ならではだと思います。中華街の店同士でも、知り合いの店に食べに行って美味しいものが出てくると、作り方を教えてもらう事もあります。お互い良い影響を与え合いながら切磋琢磨している感じです。
お休みの日には、どのようなレストランやバーに行かれますか?
和食やお酒が好きなので、石川町界隈の美味しいお店を頻繁に散策しています。鰻、とんかつ、日本食の料亭、バーなど、中区はとても充実していると思いますね。(笑)