三ツ橋敬子は彼女の目覚ましい10年の経歴において、世界で最も尊敬される指揮者の一人として名声を得た。2008年に開催されたアントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで、最年少かつ最初の日本人として優勝し、2009年と2010年にはニューズウィーク日本版から世界で尊敬される日本人100人に選ばれた。また、アルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで準優勝し、これは女性指揮者として過去最高順位の受賞となった。三ツ橋は著名な指揮者である小澤征爾に師事し学びを受け、若手の熱心な音楽家たちを鼓舞する模範となっている。
三ツ橋の音楽に対する愛情は彼女が幼いときから始まっている。5歳からピアノのレッスンを始め、中学校三年生のときに、イスラエルで演奏を披露する数人の一人として選出された。「中学校の英語くらいしかわからなかったので言葉があまり通じないのですが、音楽で人と通じ合うことができました」と三ツ橋は振り返る。 「音楽でこんなにも気持ちが伝わるんだということを体験しました。」
彼女たちは、ノーベル平和賞を受賞した当時のイスラエル首相、イツハク・ラビン宅に招かれた。そこで彼が即興で創作したビートに合わせてピアノを弾き、彼女の即興のパフォーマンスはラビンと奥さんを魅了した。そして彼女は彼らの激励に感動した。不幸にも、その数日後にラビン首相は過激派の一人に暗殺された。彼の悲劇的な死は、まだ若かった三ツ橋にショックを残したが、同時に彼女の人生におけるゴールと目的を見直すきっかけとなった。当初彼女は、法律を学びたいと思っていたが、その旅でのラビンとの交流やそのほか様々な経験は、彼女にとって音楽が天職であることを気づかせた。成長するにつれて、三ツ橋は学校のリサイタルでしばしばオーケストラを指揮したり、大きなオーケストラを指揮するマエストロのビデオを見るのが大好きだった。彼女はリハーサルの間に美しい音楽に魅了された。指揮者としてキャリアを追及するという決断は、彼女にとって容易で明確なものとなった。彼女は東京芸術大学を卒業後、ヨーロッパでさらに音楽を学ぶことを決めた。
「大学院に行って初めてウィーンで指揮のマスタークラスを受けましたが、そこにはいろんな国の人たちがいて、いろんな人に会って、本当に幅広い音楽や言語を体験して、大学院を出たら絶対に海外に行こうと思いました。(海外で勉強して)考え方がすごく変わりましたね」と三ツ橋は言う。「日本の大学で指揮科は女性が少なかったから、その部分の難しさがありました。常に戦っているような感じがすごく強かったんですけど、実際ヨーロッパに行ったら、少し解放されたというか、みんながフラットに受け入れてくれる感じがありました。特にイタリアでは、例えば政治家の方とかも女性がすごく多くて、女性の政治家というと日本では結構強そうな方って多いじゃないですか。だけどイタリアでは美しい議長の人とかもいて、新しい女性リーダー像というものをたくさん見れたこともヨーロッパに行ってよかったと思います」
三ツ橋は多忙なスケジュールのためプライベートレッスンの時間を持つことは難しい状況ではある一方、子どもたちを教えることに情熱を持っており、神奈川県立音楽堂で毎年行われる夏休みコンサートでのオーケストラの指揮の申し入れを受け入れ、2016年からそのイベントに参加。その年のテーマに合った曲目を選び、イベント全体をコーディネートするためスタッフと綿密に協力してきた。今年の夏のテーマは「みんなでラブラブ」。田中理紗子と山本達史によるバレエ「ロミオとジュリエット」や、オペラ歌手(カウンターテナー)・藤木大地によるソロパフォーマンスも披露される。
三ツ橋はこう話す。「子ども向けの演奏会はたくさんあると思いますが、この演奏会では、子どもたちが実際に指揮者の体験をしたり、入口でチケットを切ったり、プログラムを渡したり、アナウンスをしたり、舞台の照明をやったり、というようななかなか経験できないことに参加する、参加型であることを大事にしています。コンサート中も、ただ座って聞くだけではなく、舞台に上がって演奏者の真近で一緒に歌う体験ができます」
実際、この夏休みオーケストラは他のどのコンサートとも異なる。2日間のワークショップがあり、そこで子どもたちは準備と本番を手伝いながらホールの仕事とオーケストラについて学ぶことができる。その他の体験プログラムとして、抽選で選ばれた2名の子どもは、三ツ橋自身の指導のもと、ピアノ伴奏付きで指揮のレッスンを受け、彼女と一緒に実際のコンサートで指揮することができる。三ツ橋はこの企画において数多くの考えや努力を惜しまず、若い世代と触れ合うためにできるだけ多くのことを実践している。
三ツ橋は、「オーケストラのコンサートは年配者のためのものであるといった誤った考えがある」と言う。「クラシックやオーケストラの音楽を聴く人を育てていきたいという思いがあります。こういう文化は続けていかないといけないと思います。このような企画をとおして、子どもたちに音楽が楽しいと感じてもらったり、ただ勉強するだけではなくて、なにかにつまずいたときに曲に癒されたり、日常の中に溶け込めるようなそういう音楽との接し方ができる人を育てていきたいです」
三ツ橋が夏のコンサートのかじ取りとして選ばれたのは当然なことで、彼女はこの業界に入りたい子どもたちのインスピレーションだけではなく、リーダーとしての模範でもある。彼女はオーケストラを構成する音楽家を評価し尊敬しており、彼女にとって彼らは一つの身体であり、一つの魂だと考える。
「指揮者の考え方は色々あると思います。責任は持たなければなりませんが、リードしているばかりでもないわけです。(指揮者と演奏者たちの関係は)先生と生徒ということではない。社長と社員というものでもない。実際、コラボレーションをする相手として一緒に音楽を作るためにコミュニケーションを取っていくということが一番大切なのです。(オーケストラは)たくさんの人と指揮者という関係ではなくて、一人と一人という関係がいくつも繋がって一つのオーケストラという団体になっているという風に思っています」と、三ツ橋は話す。「(オーケストラを一致させるのは)すごく難しいです。でも最初から完全にみんなが同じ方向を見ていたら一緒にやる意味がないので、そこで違う者同士が集まって化学反応が起こるということが一番の魅力だと思います」
音楽家や指揮者を志望している方たちに伝えたいアドバイスがあるかどうか尋ねたところ、三ツ橋がすぐに答えたのは「若いうちはなんでもやってほしい」ということだった。「音楽だけではなく、本当にたくさんのことに興味を持って大人になってほしいという思いがあります。音楽、例えば一つ曲をとっても、その時代にどういう国でその人が育って、どういう絵画が流行っていたとか、どういう映画ができたとか、その時代のことを含めて一緒に考えて、その結果として、音楽の深みが出ると思うんですね。(私は)なんでもやりたい子供でした。学校の勉強だけではなくて、そのときはなぜこいうことをやっているのかと考えましたが、実際に音楽家になって、(学校)で全く関係ない科目が(今の仕事に)繋がっていることをとても体感しています」
三ツ橋敬子の新♡夏休みオーケストラ!は8月12日に横須賀芸術劇場で行なわれます。