伊藤栄一は正真正銘の「鉄ちゃん」(鉄道カメラマン)だ。
彼に「ポートフォリオを見せてほしい」と言うと、当然のように鉄道写真が並ぶ。彼はそこに写っている蒸気機関車の「お釜」のことを熱く語ってくれる。写真の良し悪しではなく、被写体である蒸気機関車について際限なく語る。しかし、いざ写真の話になると少々遠慮がちになり、言葉少なくなってしまう。実に彼らしい。
高校時代に彼を写真の世界に引き込んだのはやはり蒸気機関車であったが、時代も蒸気機関車から電車に進み、鉄道への興味が薄れていった。社会人になると山へ行くようになり、風景写真も撮るようになった。そして、その頃、山で出会った凍った滝に彼は魅了されていった。
写真を撮るにあたって大切なことがいくつかある。そこ(撮影場所)にいくこと、被写体をよく知ること、その被写体の魅力を最大限に引き出すための撮影技術を身につけること、シャッターチャンスを待つ根気などである。「蒸気機関車を撮る」という彼が愛して止まなかった行為は、知らずしらずのうちに彼の撮影技術を高めていき、その結果、実に美しく神秘的な氷滝を表現できるようになっていたのだろう。被写体との距離感、シャッタースピード、被写界深度、どれも絶妙な選択ができている。
滝の写真を彼に語ってもらうと残念ながら蒸気機関車ほど熱い言葉は返ってこない。彼にとっては今もこれからも「蒸気機関車」>「風景写真」であろう。しかし、滝の写真はその言葉を必要としないほど写真自体が雄弁に語っているのだ。
なんとなくだが、言葉にできない何かを彼は無意識に写真に込めているのかもしれない。
彼はこれから尾瀬の写真を取りに行きたいと言っていた。尾瀬の写真も多くの写真家によって撮り尽くされている。しかし、彼というフィルターを通った尾瀬はまた別物になるんだろうという期待感がそこにある。不思議な魅力を持った写真家である。