「ロンドンのライカショップのそばにドノヴァンがツイッギーを撮影している等身大の銅像があるんだよ、知ってる?」先日目黒のスターバックスで、ハービー・山口が俺に言った。
テレンス・ドノヴァンは、ツイッギーをはじめ、マーガレット・サッチャーやジミー・ヘンドリックス、ダイアナ妃などを撮影していたイギリスのファッション写真家である。1936年にイギリスの労働者階級として生まれ、料理人を目指すが1957年に写真界に転身、1959年に自分のスタジオを開いた。60年代のロンドンをポートレートで見事に表現している。まさにファッションカメラマンの理想形である。
ハービー・山口からテレンス・ドノヴァンの話を聞くというのは、例えるなら、ポール・マッカートニーの話を桑田佳祐から聞くようなもので、写真で食っている俺からすれば、鼻血が出るようなシチュエーションなのだ。
「見たい! 是非とも見てみたい!」
願えば叶うもので、ロンドンの仕事が入った! ロンドンでクライアントに事情を説明すると、一緒に感動を分かち合おうということで、まずライカショップを探すことになった。ライカショップは当然のことながらすぐに見つかったのだが、ショップの店員にドノヴァンの銅像のことを聞くと意外にも知らないと言われてしまったので、仕事仲間で地元のセバスチャンに調べてもらうと、ライカショップからわずか数分のところにあるらしいことがわかった。路地に入ってさらに細い路地へ……すると突然3体の銅像を発見。
ツイッギーが古い建物の壁際でポーズをとっている。その正面でドノヴァンがカメラを構えている。感動!!!!!! 正直なところ、生まれてこのかた銅像を見て感動したなんてことがなかったのだが、本当に感動した。ツイッギーの横に立ってみた。「そうかぁそれくらいの目線なんだぁ。それでこの距離感なんだな、うんうん」
ドノヴァンの横に立って見た、もちろんカメラも構えた。ガーン! 今まで見ていた自分の世界観と違うものが見えた気がした。ファッションカメラマンを志している人ならば飛行機代を払っても見に来るべきだ!
俺はしばらくの間、キャーキャー言いながらツイッギーとドノヴァンの間を行ったり来たりしていた。ふと気がつくと俺たちしかいないその路地にもう一人の気配が……3体目の銅像だ。その銅像は買い物袋を抱えてドノヴァンと俺たちを見ている。はじめは何のために3体目が存在するのか疑問だったが、ドノヴァンの位置から見る俺の仲間と共に立っている銅像はタイムマシンのように俺たちを1960年代に連れて行ってくれた。俺達はどれくらいそこにいたのかわからないが、間違いなく俺は心の中でテレンス・ドノヴァンと話をしていた。